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横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)24号 判決

原告

高田好二

被告

横浜貯金事務センター所長小川高栄

右指定代理人

小池晴彦

村田英雄

高瀬正毅

江本修二

添田稔

日野和也

中本薫

尾崎秀人

向後正勝

朝野實

江島政和

猪俣清

神喰昌之

主文

本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、平成二年一〇月八日付をもってした年次有給休暇時季変更処分を取り消し、年次有給休暇を認めよ。

2  被告は、原告に対し、二万九九六八円及びこれに対する平成二年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、労働者の年次有給休暇時季指定について承認制を設けている郵政省就業規則八六条二項を変更せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する本案前の答弁

主文と同旨

三  請求の趣旨に対する本案の答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、横浜貯金事務センターに勤務する郵政省の職員であるが、平成二年一〇月二日午前七時三〇分ころ、同センター振替課に電話で、同日と翌三日に年次有給休暇(以下「年休」という。)を取る旨を申し出て、右両日休暇を取った。

2  被告は、同月四日、原告が出勤して「両日は急用で前橋へ行ってきた。」と説明したのに対し、「詳しく説明をしなければ年休は認められない。」として、同月八日、原告に対し、原告の請求した年休については時季変更権を行使する旨の処分をし、同月二日、三日を欠勤扱いにして、同月の賃金から右両日分の賃金二万六一九二円を減額した。

3  被告のした右処分は違法であり、原告は、この違法な処分によって精神的に多大の苦痛を受けた。その精神的苦痛に対する慰謝料は三七七六円が相当である。

4  郵政省就業規則八六条二項は、職員が年休を取る場合には承認を得なければならない旨を定めているが、これは年休の性質に反することになるので、改正する必要がある。

5  よって、原告は、被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の抗弁

1  請求の趣旨1の訴えについて

右訴えは、被告の行う時季変更権の行使が、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政処分」に当たることを前提にして、その処分の取消しを求めるものと解されるが、被告の行う時季変更権の行使は、労働基準法三九条四項ただし書に基づく使用者としての行為であって、公権力の主体としての行為、つまり、行政庁の優越的な意思の発動としての行為ではない(原告のような現業業務に従事する郵政省の職員の労働条件等については、労働基準法が適用される。)から、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない。したがって、右訴えは不適法である。

2  請求の趣旨2の訴えについて

右訴えは、被告に対して、減額賃金相当額と慰謝料の支払を求めるものであるから、通常の民事訴訟の手続によることになるが、被告は、国の一行政機関にすぎず、民事訴訟法上の当事者能力を有しない。したがって、被告を当事者とする右訴えは、不適法である。

3  請求の趣旨3の訴えについて

右訴えは、郵政省就業規則の不相当の規定を改正しないことが、右の行政処分に当たることを前提にして、被告に対し、その改正を求めるものであって、いわゆる義務付け訴訟である。しかしながら、就業規則の変更のような一般的・抽象的な法規範の定立行為は、それによって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない。また、無名抗告訴訟としての義務付け訴訟が許容されるかどうかも問題であるが、仮に義務付け訴訟が許容される場合があるとしても、それには少なくとも、〈1〉行政庁が一定の行為をなすべきことが法律上羈束され、その内容が一義的に裁量の余地がない程明瞭であって、行政庁の第一次的判断権を留保する必要がないこと、〈2〉損害が差し迫っており、かつ、事前に救済しなければ回復し難い損害が生ずること、〈3〉他に救済手続がないことの三要件を充たす必要があるところ、本件の場合はその要件が充たされていない。したがって、被告を当事者とする右訴えも、不適法である。

第三証拠関係

被告は(証拠略)を提出し、原告はその成立を認めた。

理由

本件各訴えは、国の行政機関である被告を当事者として提起されたものであるが、国の一行政機関にすぎない被告に当事者能力があるというためには、行政事件訴訟法一一条のような特別の定めのあることが必要である。

原告は、請求の趣旨1の訴えについては、被告のした時季変更権の行使が、請求の趣旨3の訴えについては、就業規則に不相当な規定があるのにこれを改正しないことが、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分」に当たるものと主張して、同法一一条により、行政庁である被告を当事者として右各訴えを提起したものと解されるが、ここにいう行政庁の処分とは、「公権力の主体たる国又は公共団体の行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいうものと解すべきところ、被告の時季変更権の行使は、労働者と対等な立場にある使用者としての行為であって、公権力の主体としての行為、つまり行政庁の優越的な意思の発動としての行為には当たらないし、就業規則を改正しない行為は、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものには当たらない。したがって、右各訴えは、同法一一条により被告を当事者とすることができる場合には当たらないから、被告を当事者とする右訴えは不適法というべきである。

請求の趣旨2の訴えは、被告のした時季変更権の行使が違法であると主張して、被告に対し、欠勤扱いで減額された賃金に相当する額と慰謝料の支払を求めるものであるから、通常の民事訴訟の手続によることになるが、被告は、国の一行政機関にすぎず、民事訴訟法上の当事者能力を有しない。したがって、被告を当事者とする右訴えも、不適法である。

よって、本件各訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 櫻井登美雄 裁判官 藤原道子)

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